憲法に関する2つの講演 (津山支所小堺弁護士)
本日は,終戦記念日です。さきほど,僕の携帯には,LINEに,首相官邸から「安部晋三です。・・・・・・,国民の皆様と共に,正午に黙とうを捧げたいと思います。」とのメッセージが届きました。
なので,正午までには書き終えて,投稿したいと思います。
終戦から70年を経た今年は,「平和安全法制」が国会審議中ということもあり,憲法に関する議論が活況を呈しています。
そんな中,岡山弁護士会を通じて,2つの憲法に関する講演の依頼があり,お受けすることになりました。
一つは,8月6日,奈義9条の会主催「安全保障法案と憲法9条」というタイトルでの講演を担当しました。
これまでに憲法9条に特化した講演を担当したことはなく,講演内容を一から検討して,話させていただきました。
奈義町は,人口6000名弱ですが,日本原演習場があり,町内に約500名の自衛隊及びその家族が居住する地域です。そして,10名で構成する町議会は,県下に先駆けて,同法案に関する意見書を採択し,注目を浴びていました。
拙い講演にも関わらず,熱心に聞いていただくことができました。質疑応答の時間も,様々なご質問をいただき,知的な興奮を覚えることができました。
貴重な機会を頂戴したことを,感謝し,拙い講演にしかならなかったことを反省しています。
もう一つは,8月9日,こちらは4年連続4回目ですが,岡山県聴覚障害者センターが主催する,要約筆記者研修の一環として,「日本国憲法と基本的人権の尊重」というタイトルでの講演を担当しました。
こちらは,憲法の概要を講演するのですが,正直,それほどおもしろくないので(笑),もう4回目ですし,「余談」を交えながらの話をさせていただきました。
今回は,「余談」に力を注ぎすぎてしまい,今まで以上に,全体としてわかりづらい内容になってしまいましたが,それでも,熱心に聞いていただくことができました。
「要約筆記(ようやくひっき)は、聴覚障害者への情報保障手段の一つで、話されている内容を要約し、文字として伝えることをいう。」(wikipedia)であり,これは,「知る権利」という新しい人権を内容とするもので,表裏一体の関係にある「表現の自由」の重要性をわかりやすく伝える必要があります。しかし,毎回うまく話せず,難しいと感じていました。
そして,うまく話せない理由が,今回分かったのですが,どうやら自分自身が,表現の自由の重要性を支えるとされる「民主的政治過程論」の司法試験的答案例に納得していないからだったのです。今更なんですが(恥)
来年も機会を与えて頂けるか,わかりませんが,今から「表現の自由」についての勉強をし直さないといけないと,反省しています。
さて,いずれの講演においても,共通のご質問をいただきました。「平和安全法制に反対の立場から,いま,できることはないか。」
予想していた質問内容だったので,僕なりに回答しました。松井一實広島市長の今年の「平和宣言」の一節を引用し,回答としました。
「当時16歳の女性は「家族、友人、隣人などの和を膨らませ、大きな和に育てていくことが世界平和につながる。思いやり、やさしさ、連帯。理屈ではなく体で感じなければならない。」と訴えます。当時12歳の男性は「戦争は大人も子どもも同じ悲惨を味わう。思いやり、いたわり、他人や自分を愛することが平和の原点だ。」と強調します。」