国家緊急権って何? 岡山パブリック岡大支所 弁護士 吉川拓威 次回の選挙では,憲法改正が争点の一つに...
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国家緊急権って何?

岡山パブリック岡大支所 弁護士 吉川拓威

次回の選挙では,憲法改正が争点の一つになりそうです。その中で,憲法9条2項の改正とともに,問題となっているのが国家緊急事態条項の創設についてです。
国家緊急事態条項とは,戦争,内乱,恐慌,大規模な自然災害など,平時の統治機構をもってしては対処できない非常事態において,国家権力が,国家の存立を維持するために,立憲的な憲法秩序(人権保障と権力分立)を一時停止して,非常措置をとる権限のことで,憲法学上は,「国家緊急権」といわれるもののことです。
このことについて,少し考えてみました。
この問題を一般的・抽象的に投げかけられたとき,どう思われるでしょうか。
たとえば,国家緊急権の創設を目指している安倍首相は,「国家緊急権は,未曾有の災害時や,パリ同時多発テロ事件などの一連のテロ活動時に対しても,国民の生命・身体及び財産を守るために必要」としています。
確かに,前記のようなことを言われると,緊急事態に対応するような規定があったほうが良いのかなと誰もが思うのではないでしょうか。
ところが,現行憲法には国家緊急権の規定はありません。
なぜ,憲法は規定を置かなかったでしょうか。もちろん,憲法制定時に国家緊急権の存在を知らなかったということではありません。それどころか,明治憲法にも存在しましたし,外国の憲法にもありました。しかし,現行憲法は,その規定を置かなかったのです。
一般的に法は,複数の利益を考量して規定されています。憲法は,通常の法律とは異なり,主権者である国民が国家権力を制限して国民の権利を守ろうとして制定したという形をとるものですが,利益の考量がなされていることは同じです。では,憲法は,どのような考量をしたと考えるべきでしょうか。
国家緊急権は,人権を守るために国家権力を制約するという立憲主義の憲法に,人権を制約する権限を国家権力に付与するという矛盾を含んでおり,人権侵害の危険性を多分に含んだ制度です。
歴史的にも,国家緊急権は国民の自由や権利を奪うことに使われてきました。ドイツでは,ワイマール憲法の国家緊急権の規定が濫用され,ヒトラーによる独裁に道を開くことになりました。また,わが国でも,大日本帝国憲法(明治憲法)の国家緊急権のひとつである戒厳宣告が関東大震災の混乱の中で発令され,この戒厳宣告がきっかけとなって軍隊により多くの朝鮮人・中国人が虐殺されたという報告もあります(2003年(平成15年)8月25日日弁連「関東大震災人権救済申立事件調査報告書」)。
ここで,制憲時の経緯を確認してみたいと思います。 
第90回帝国議会の衆議院帝国憲法改正案委員会における金森国務大臣は,非常事態の際に,大日本国憲法第31条,非常大権のような制度が必要ではないかという質問に対して,以下のように答弁しています。
「民主政治ヲ徹底サセテ国民ノ権利ヲ十分擁護致シマス為ニハ,左様ナ場合ノ政府一存ニ於テ行ヒマスル処置ハ,極力之ヲ防止シナケレバナラヌノデアリマス言葉ヲ非常ト云フコトニ藉リテ,其ノ大イナル途ヲ残シテ置キマスナラ,ドンナニ精緻ナル憲法ヲ定メマシテモ,口実ヲ其処ニ入レテ又破壊セラレル虞絶無トハ断言シ難イト思ヒマス,随テ此ノ憲法ハ左様ナル非常ナル特例ヲ以テー謂ハバ行政権ノ自由判断ノ余地ヲ出来ルダケ少クスルヤウニ考ヘタ訳デアリマス,随テ特殊ノ必要ガ起リマスレバ,臨時会議ヲ召集シテ之に応ズル処置ヲスル,又衆議院ガ解散後デアツテ処置ノ出来ナイ時ハ,参議院ノ緊急集会ヲ促シテ暫定ノ処置ヲスル,同時ニ他ノ一面ニ於テ,実際ノ特殊ナ場合ニ応ズル具体的ナ必要ナ規定ハ,平素カラ濫用ノ虞ナキ姿ニ於テ準備スルヤウニ規定ヲ完備シテオクコトガ適当デアラウト思フ訳デアリマス」
つまり,第二次世界大戦を経験した制憲時における政府は,現行憲法は意図的に「国家緊急権」を排除し,「平素から濫用の虞がないように規定を完備しておくことこそが重要だ」との認識だったのです。
現在,緊急事態に対しては警察法上の「緊急事態」(71条・74条),災害対策基本法上の「災害緊急事態」(105条・106条),自衛隊法上の「防衛出動」(76条)や「治安出動」(78条・81条)等緊急事態への対応措置が規定されています。さらに,必要があれば,国会の審議を経て,事前に制定法としての準備をすることでは間に合わないでしょうか。
これに対して,憲法上国家緊急権を創設する必要があるとの見解は,現行の法令で対応できないような非常事態が生じた場合の必要性を強調しています。
しかし,憲法上国家緊急権を創設する必要があるとの見解が予定している緊急事態の内容及びそれに対する対応は,実際上は,事前の想定が可能で,それに対する法律等による事前の準備が可能なことがほとんどではないでしょうか。
真に国家緊急権が必要とされるような異常事態(たとえば,内閣総理大臣を始め行政機関のほとんどが壊滅するような大災害)が想定できないかというとそうではありませんが,そのような本当の意味での異常事態を想定した国家緊急権の規定は作れないでしょう。規定内容があまりにも現実的ではないものになると思われるからです。
そうすると,憲法上の国家緊急権が必要だと主張している見解が,一般に国家緊急権が必要として想定している事態のために,憲法上国家緊急権を創設することは,安易な国家緊急権の発動につながり,行政権の人権侵害行為,実質的な憲法破壊行為に対する免責条項として機能する危険のほうがはるかに大きいのではないでしょうか。
真に予想しえない異常事態が生じた場合には,超憲法的な条理にゆだねるほかなく,その意味で,日本国憲法が,国家緊急権を規定しなかったのは,国家緊急権に内在する矛盾(立憲主義を維持するために立憲主義を停止する。)を払拭し,憲法の基本原則に憲法自らが忠実であろうとする規範的意味とともに,日本国憲法の平和主義・民主主義を維持する積極的な意義を有していると評価するべきではないかと思います。
最後に,諸外国の憲法にあるのに日本国憲法にないのはおかしいとの主張がされることがあるので,この点についても少し検討したいと思います。
私の能力の関係もあるので,十分な検討はできないのですが,以下のようなことはいえると思います。
各国の緊急事態法制をみると,憲法に規定が存在しないから,憲法上国家緊急権を創設するべきであるという単純な発想はできないようです。たとえば,ドイツの緊急事態条項は濫用防止の観点から憲法に詳細に規定しようとしていますが,果たしてそのような在り方で真に緊急事態に対応できるのか疑問がありますし,フランスの憲法上の緊急事態条項も実際には,その濫用の危険から,発動されたのは1例のみです(先日のパリの同時テロ事件の際に発動された「緊急事態宣言」は制定法に基づくものです。)。また,イギリスにおいても,必要性の原則に基づいて無限定に国家緊急権の発動が許容されるわけではなく,実際は,緊急事態を予想した制定法によって対処しようとしてきていますし,アメリカにおいても,広範な大統領の権限を抑制する方向の法律が制定されています。
これらの事実は,逆にいうと,真に憲法で国家緊急権を規定しなければならない緊急事態がいかに少ないか(制定法で十分)ということを表していると評価できるのではないでしょうか。
このような各国の状況をみたとき,予想されうる緊急事態については制定法で対応し,憲法上,国家緊急権を規定しないという日本国憲法の決断は,立憲主義に忠実であり,かつ,一つの高い理想を表すものとして現実的な選択ではないかと思っています。
難しい問題とは思いますが,国家緊急権創設の問題は,憲法制定経緯,各国の実情などの十分な情報提供がなされた上で,慎重な検討が必要と思います。
以上

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